南アルプス南部 雪山縦走(敗退) |
冬合宿 H22.12/25~H23.1/2 南アルプス南部・三伏峠~光岳(敗退) メンバー:小山(4年)、森山(2年・記) 12月25日 終電で伊那大島駅に到着してホームで寝る準備をしていると、タクシー会社の人がわざわざ利用できる更衣室を教えに来てくれました。おかげさまで、クリスマスの夜は快適に寝ることができました。 事前のタクシー会社の話ではタクシー利用で塩川小屋に入った人はまだいないようで、どのような状況かわからないとの事で、少々不安もありながら就寝。 26日(1日目) 5時半からタクシーに乗り、7時に塩川小屋の手前の駐車場に到着して三伏峠に向け出発。道には雪が少し積もっていました。川沿いをてくてくと歩いて行き、9時30分頃に尾根取付きに到着。その後は三伏峠まで登り一直線。 途中、4人組のパーティがさくさくと抜いていきました。4人組のパーティは、三伏峠から小河内岳をピストンということで、明日は私たちと同じ方向のようでした。 15時10分頃に到着すると、三伏峠には膝くらいの雪が。先についていたパーティが冬季解放の小屋を探していて、ちょうど見つけた時に私たちが着いたようで、テントを小屋内にすんなりと張ることができました。小屋内は真っ暗で日中からヘッデンが必要でした。 27日(2日目) ガス<視界不良> あっ~~~と!!起きた時には6時。隣のテントの音で目が覚めました。つまり、「寝坊」 急いで準備をして8時にトレースを追って出発。先に出発した4人組のパーティには、40分程度で追い付きました。それもそのはず、膝から腰のラッセルで前のパーティの苦戦しているようでした。そこからは、交互にラッセルをしながら進んで行きました。(視界不良) ![]() 11時にやっと烏帽子岳に到着。三伏峠から烏帽子岳までおよそ3時間(エアリアコースタイムの3倍)。ラッセルを甘く見過ぎていた事を痛感しました。4人組パーティはここで引き返しました。私たちはこのまま先へ。ラッセルは膝程度になり、私(森山)はここまでの深さのラッセル初めてでバテバテになり、小山先輩にその後のラッセルはかなり頼ってしまいました。 すみません..... 13時30分に2784m(前小河内岳)についたのは良いものの、ガスによる視界不良で進むべき尾根に確信が持てず、風が避けられる所でビバークすることに。 夜は作ってきた「ペミカン」でハッシュドビーフを頂き就寝。山でお肉を食べれるなんて、ペミカンってすごいな~ 28日(3日目)快晴ー曇り 出発は日の出後の7時30分に変更して、寝坊もなく出発。 見渡せる所まで上がると、小河内岳山頂の避難小屋が、前日、確信が持てず引き返した尾根の先に見えました。 ![]() 前日とは打って変わって気持ちの良いもので9時40分には小河内岳に到着しました。 ![]() 森林限界までは順調に進めました。樹林帯は雪も積もっており膝程度のラッセルになり、そこからは等高線が緩やかになり、進むにつれてガスもかかってきました。 14時40分に時間切れになり樹林帯内(2599m付近)でビバークすることにしました。1時間かけて斜面を平らにして15時40分にはテントを張り終えて休めました。 ひと段落して、食事の準備をしようと野菜を出したら、んっ、異臭が..... ナスとキノコ類はここであきらめ、ペミカンでクリームシチューを食べることに。 ![]() 29日(4日目) ガス<視界不良> 7時30分出発の時にはガスがかかっており目的の山は見えなかったが、地図とコンパスを頼りに高山裏避難小屋を目指して出発。西側の崖を目印に歩を進めました。 9時30分大日蔭山付近に到着したが、近くのピークの標高差は少なく、周囲の地形と考えている地図上の現在地がうまく合わず、何度も進んでは引き返しを繰り返し、結局、引き返すことにして幕営地までトレースを戻りました。 12時30分にテントを張り終え一休みしながら今後の行動について相談。この後のルートもこのような道が続き、以降のエスケープから下山しても日数的に厳しくなると考えて、引き返すことに決めました。本音を言うと私自身が長期の雪山縦走が初めてで、予想以上にきつかったです。面目無いです..... ということで、明日から引き返すことに決めました。残念 30日(5日目) 曇り 7時30分出発。来た時のトレースはほぼ消えており、ラッセルで戻ることになりました。森の案内人:シカの足跡を追って迷うこともなく樹林帯を抜けました。シカの跡が目的の方向と同じだったので、基本的には足跡を追って行きに比べてかなり楽でした。 9時20分、森林限界。樹林帯を出るとガスがかなりかかっており、強風に負けず小河内岳に到着。すぐ近くにある避難小屋は目視ではガスで確認できず。 10時40分、何とか小河内岳避難小屋を見つけて到着。避難小屋内はとてもきれいで快適な小屋でした。 ![]() その後、水を作り・濡れ物の乾燥をして、天気図を書くと日本近くで二玉の低気圧があり、大晦日は荒れそうだと思いながら、ペミカンでハッシュドビーフを食べて床につきました。 31日(6日目)大晦日 朝起きると小屋が風でミシミシと鳴り、テント内は―4℃、小屋内は―14℃でした。今日は休養日にして、この小屋で年を越すことに決めました。疲れていたようで、昼まで二度寝で気持ちよく休み、起きてからはラジオを聴きながら、水を作り・天気図を書き、食事してのんびりと過ごしました。 大晦日ということで、リフィルで年越しそば・ラーメンを食べて、明日が晴れることを願いなが就寝しました。 1月1日(7日目)元旦 朝起きると、風は少なく天気は快晴でした。朝食にちょっと豪華なお雑煮を食べました。 ![]() 出発の準備を整えて外に出ると、富士山と初日の出が幻想的なすがたでした。 ![]() ![]() ![]() 7時40分、今年一年を願いながら、トレースの消えた尾根を進みました。 9時30分に烏帽子岳到着して、それ以降は行き同様に雪が膝上までありましたが、下りで尚且つ視界も良好だったので、ラッセルでしたがサクサク進むことができました。また、途中で2頭で日本カモシカにも出会い、元旦から幸運でした。 11時に三伏峠小屋到着して、小屋内は元旦ということでテントでいっぱいかと思っていましたが、時間が11時だったこともあり、1張だけしかテントはなく、小屋内に張れました。その後、夕方までには外に3張増えていました。 隣のテントのグループは日本酒・ビール・焼酎と豪華にお酒を飲んでいました。 私たちも晩飯は豪華にちらし寿司を食べました。 ![]() 2日(8日目) 隣のグループは朝4時30分に出発して下山していきました。その準備の音で目を覚まし、食事の準備をしていると、何やら隣でがさごそと準備している音がしており、もう出発したはずなのに何だろうと思いながら。話を聞くと夜のうちに登ってきており、これから塩見岳に登り、日帰りで帰るとのこと。寝ずに日帰りで塩見を登る鉄人がいるのかとビックリしました。また、その方に下山後の上諏訪の温泉についても教えていただきました。 7時に三伏峠を出発して、10時には塩川小屋下の駐車場に下山しました。 あっ~~~と問題発生、け、けいたいが通じない... タクシーが呼べない そのため、電波が通じるところまで歩いて道路を下山することに。そりゃ、谷沿いじゃ電波は入らないよな~と思いながら、5kmくらい歩いておりると通り過ぎた車が突然止まり、もしかしてと思い、、事情を話すと快く伊那大島駅まで載せていってくれました。本当に感謝です。 その方は社会人山岳会の方で塩見岳のほうに登っていたとのこと。ただ、雪が深くピークまで上がれなかったということでした。あれだけの人が三伏峠にいたのに、まだ、塩見岳山頂までトレースがついていないなんて、相当ラッセルが厳しいのかと驚きました。 11時15分に伊那大島駅に到着して、教えてもらった上諏訪駅近くの温泉に入り汗を流して帰宅しました。 もし、上諏訪駅の温泉を利用するときは観光案内所に一度立ち寄ると安く良い温泉を紹介してくれますよ。 <終えて> 下山日に小屋で会った方によると、私たちの行ったさらに先もルートファインディングが難しいとのことで、このルートは無積期に一度下見に来ないと大変だとのことでした。 今回の山行では、私たち自身の読図技術の未熟さとルートの下見・リサーチ不足だったことが、敗退の原因だったと反省しています。ただ、富士山と初日の出はとても素晴らしかったです。ついで、食事もペミカンをかなり使用したのでお肉も食べれ、良い年越しができました。 |
by tmualpine
| 2011-01-09 00:36
| 雪山
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